映像・映画コラム

モノ作りの価値観

モノを作ることにおいて、無視できないのが「評価」である。

本や雑誌の出版、TVやラジオの放送、映画の上映、などいかなる方法でも公に作品を発表したら第三者(世間)の評価に晒される。
と同時に、「自分がやりたいこと(表現したいこと)ができたか?」という自己評価もある。

一番理想的なのは、「やりたいことができて、世間の評価も高い」という結果。
自分が表現したいことを自分が納得する形で発表して、それが世間の評価を得るわけだからこれほど嬉しいことはない。

一番よくないのが、「やりたいことができずに、世間の評価も低い」という結果。
モノ作りを仕事にする場合、様々な思惑や利害関係から、この状況も珍しくはない。

難しいのはその間に位置する、
A「やりたいことはできたが、世間の評価は低い」
B「やりたいことはできなかったが、世間の評価は高い」
のどちらを上にするかである。

人それぞれだとは思うが、純粋にモノ作りを志す者なら、Aのほうが達成感はあるだろう。
売れる、売れない関係なく、自分の好きなことができたのだから。
売れる、売れない関係なく、自分の好きなことができたのだから。
しかし、社会ではアマチュアイズムと呼ばれてしまうかもしれない。

仕事をしていく上では、基本的にBを上とすべきである。
「仕事とは結果を残すことである」という観点からすると、「世間の評価が高い」=「成功」であり、Aは「失敗」である。

しかし、気をつけなければならないことがある。
Bは非常に危険な「保守性」を内包している。
もし「いま当たっている手法を踏襲する」ことでBという結果に至った場合、それはモノ作りの硬直状態に陥る可能性があるからだ。
つまり「新しいものが生み出されない」状況だ。
型にハマった量産品を作り続けることが、本来やりたかったモノづくりなのだろうか。

そう考えると、AとB、どちらがいいとも言えなくなってくる。
なんとも難しい問題だ。これはモノ作りに携わる者の永遠の課題なのかもしれない。

しかし、なにより一番恐ろしいのは、Bを続けることでいつのまにか「やりたいことが無くなってしまっている」ことに気付く瞬間である。

こうした、卒業後「やりたいこと」がなくなった時に相談できるのは、同じ学校で学んだ友人達だけかもしれない。
在学中に同じ釜の飯を食べた友人達と共に、モノ作りにアツく情熱を燃やしていた自分を思い出せば、自分のモノ作りのルーツも再確認できるはずだ。

PamphletEvent
無料資料請求
スペシャルトーク

このページの先頭に戻る イベントカレンダー 資料請求